メンタル 自己啓発

仏教を学ぶと人生楽になるかも?

2017/02/05

Pocket

仏教 人生

今回は仏教の話です。

私は仏教徒ではありません。むしろ宗教というものは嫌いでした。しかしある時、多くの実業家や文化人、インテリジェンスが仏教について詳しいことに気づきました。なぜ頭のいい人が(うさんくさい)宗教に詳しいのだろうか、と疑問でした。

そこで仏教に関して調べてみたのです。そうすると、驚いたことに仏教は人生を楽しく生きるための実用的なテクニックを教えているものだということがわかりました。実業家や文化人は人生をうまく生きるために仏教を取り入れてたのですね。ここでは、仏教のことを簡単に解説してみるとともに、仏教で教える人生で使えるテクニックをご紹介します。

ひとつ言っておくと私は仏教徒ではありませんし、仏教を布教するつもりはありません。ただ、人生を楽に生きる方法を紹介したいだけですので気軽に読んでくださいね。







仏教はあやしい?

仏教というとどういうイメージを持っていますか?人によって色んなイメージがあると思いますが、たぶん「難しそう」「あやしい」というイメージが頭に浮かぶのではないでしょうか?私もそうでした。色んな宗派があってなにが正しいのかわからないというのと、世界で起こる戦争は宗教が原因だと思って敬遠していました。

しかし、調べてみると仏教は元々は宗教ではなく、そんなに難しくもなくて、色んな宗派があっても根本はひとつ、ということがわかるようになりました。それを下記で解説してみます。

本来仏教は宗教ではない?

元々の仏教とは、ゴータマ・シッダールタ(紀元前463年~紀元前388年頃)=釈迦という現実にいた人の教えを弟子が書き残したものがはじまりです。その教えの原型はタイやスリランカなどで上座部仏教として残っています。

仏教は神の概念を説かなかったほぼ唯一の宗教です。日本の仏教では、大日如来や阿弥陀如来など神や仏がいたり、あの世の概念があるので「あれ?」と思うかもしれません。しかし、仏教の開祖の釈迦は「神はいない」と言っていたのです。仏教が伝わる過程で神を生み出したのが日本の仏教なので日本の仏教には神がいるのです。

ですので、宗教を「神を信仰するもの」と定義するなら、仏教は宗教の範疇に入らないということなのです。ですので、仏教を知ることはあやしい宗教を信奉することではなく、釈迦というような近所の物知りな人が見つけた、楽に生きる方法を教えてもらう程度のことなのです。

楽に生きる方法とは

では宗教ではない、釈迦という人が教えていることは何なのでしょうか?それを簡単にみていきます。

苦しみは消すことができる

釈迦は「諸行は苦なり」と言っています。生きるということは人間関係であり、様々な摩擦や抵抗、軋轢が生まれます。これによってどうしても苦しみは生まれます。この苦しみを釈迦は3つに分けました。

1.「苦苦」
これは痛みやかゆみなどの身体的な症状による苦しみのことです。

2.「壊苦」
私たちは快感や楽しみに無意識のうちにとらわれ、それらが薄れるか消えるかしたときに、寂しさや悲しさを味わいます。そのような喪失によって生まれる苦しみで、主に情感的な苦しみです。

3.「行苦」
「こうあってほしい」との思いを抱いたときに、それが満たされない時に生じる苦しみのことで心のアクションから派生する苦しみです。

このような苦しみを消す方法を釈迦は教えているのです。

その方法とは、苦しみというすでに起こってきた現象に対して何か働きかけをして、それを消そうとする必要がなく、原因にアプローチすることです。苦しみをあるがままに、しっかりと見ることで苦しみの生まれる仕組みや苦しみにとらわれる仕組みを自分で観察し、それに対して適切に対処していく方法を教えたのです。

そして、瞑想によって苦しみは消せるということを伝えています。







自我はない

人は何か不都合が起きたり、喜びや楽しさが薄れたり、苦しみを感じると心のなかであらゆることを考えます。喜びの記憶をたぐったり、また苦しみは追い払おうと戦ったり、現実から離れて空想したりします。それがパターン化して癖となって「私は欲張りである」「わがままな性格である」「ダメな人間である」などと認識していきます。これが自我形成のシステムです。

苦しみはこの自我にとらわれることによって起こります。過去に起きた出来事を頭のなかで反芻して、自分はこういう人間だと思い込むと、人はその思い込みでしか行動しなくなります。それによって自由な行動ができなくなり苦しみが繰り返されるのです。

しかし、釈迦は「自我はない」といいました。
私達が考える自我とは自分固有の脳、つまり心で考える主体のことですよね。それが自我であると認識しています。それは本や周囲の人からあらゆる情報を取り入れて、形作られたものです。親であったり、周囲の人の意見や好きな作家などの意見を聞いたり、これまでの経験から自我は作られているでしょう。

もっとわかりやすく言えば、パソコンで例えるとCPUやハードディスクが脳であり、そこで処理される情報が自我なのです。しかし、その情報は「ある」といえるでしょうか?そしてパソコン内で処理される情報が条件によって変化するように、自我もまたいくらでも変化します。過去に起きた出来事などから固定化されている自我というのもいくらでも変えられるのです。

どうですか?今まで苦しんでいた原因が自我であり、その自我はいくらでも変化するのに無理やり押さえつけたり、自我にこだわったりすることに意味がないことがわかります。これしっかりと体感できることが苦しみを消す方法だと釈迦はいっています。

自我からの解放の方法

自我からの解放には、瞑想が必要であるといわれています。一般的な瞑想のイメージは考えることをやめる、というように考えられていますが、本当はことなります。脳をフル回転させて洞察を行なうことが瞑想なのです。ここで自分の感情や心を洞察し、それを手放していくことで苦しみのからくりを見つけ、苦しみから解放されることができます。

その方法は専門書が多く出ていますのでそちらを参考にしてみてくださいね。

いかがでしたでしょうか?あらゆる苦しみは自我にとらわれることにより起こっており、自我がないということがわかれば苦しみがなくなるということがわかっていただけたと思います。瞑想会などは各地で開かれてますので、興味がある方はぜひ行ってみてはいかがでしょうか?

・参照
『お釈迦様の脳科学 釈迦の教えを先端脳科学者はどう解くか?』苫米地英人
『自由に生きる:よき縁となし、よき縁となる。抜苦与楽の実践哲学』プラユキ・ナラテボー

 

当ブログの記事が参考になりましたら、また読みに来ていただけると嬉しいです。ついでにシェアしてもらえると、がぜん書く気がでます(^^)

-メンタル, 自己啓発
-,